明治維新

有馬新七とは何者だったのか?寺田屋事件での壮絶な最後と有馬新七が登場するおすすめドラマ

どもども、武将好き歴史ファンのジョーです。

今回は、歴史上の人物でも、寺田屋騒動で闘死した「有馬新七」についてご紹介していきます。

有馬新七の簡単な略歴は以下ですね

有馬新七のプロフィール

  • 1825年:誕生
  • 1862年:寺田屋騒動
  • 1862年:死去(38歳)

この記事でわかる事としては、「有馬新七」の縁の物事、いわゆる「有馬新七」の周辺情報についてまとめています。

今回は、「有馬新七とは何者だったのか?寺田屋事件での壮絶な最後と有馬新七が登場するおすすめドラマ」と題してご紹介して参ります。

ぜひ、勉強に役立てて下さいね。

それではさっそく見ていきましょう!

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有馬新七とは何者だったのか?

こちらでは、有馬新七とは何者だったのかについてご紹介して参ります。

有馬新七は、真影流(直心影流)と崎門学派を学び文武両道の俊傑とうたわれた人物ですね。

憂国の詩文は孝明天皇の乙夜の覧に供されたとされたりもしています。

彼は、尊皇攘夷派の志士達と多く交流して水戸藩とともに井伊直弼暗殺(桜田門外の変)を謀ったなどしています。

しかし、自藩の同意を得られなかったため手を引きます。

結果的に水戸藩を裏切る形となっていますね。

その後、1860年に町田久成の要請を受け、伊集院郷石谷村を統治する役目を受けています。

新七は石谷村を治める間に、村における刑法を定め、悪事を働くものに罰として石坂と呼ばれる道の建設にあたらせたり、郷士に五人組制を実施するなどの指導を行ったと言われています。

有馬新七と寺田屋事件

有馬新七と寺田屋事件についてご紹介していきます。

有馬新七は、その後も過激な尊皇攘夷活動を続けます。

そして、同志達と共に寺田屋に集っていたところ、島津久光の「説得に応じずば上意討ちもやむなし」との命により鎮撫に訪れた大山格之助ら薩摩藩士らによって粛清されてます。

この際、小刀が折れて相手の道島五郎兵衛の懐に入り壁に押し付けた状態で橋口吉之丞に「オイゴト刺セ、オイゴト刺セ」(俺ごと刺せ)として最期を遂げたと伝わっています。

享年38でした。

有馬新七の登場するドラマ

こちらでは有馬新七の登場するドラマについてご紹介して参ります。

NHK大河ドラマ 西郷どん

 

2018年に大ヒットしたNHK大河ドラマですね。

歴史映画やドラマはU-NextやAmazonプライムがおすすめ

こちらでは、過去のドラマや映画が観れるサービスを少しだけご紹介しておきます。

興味がある方は、チェックして観てください。

引用:U-Next画面

まずはじめに、U-Nextについてご紹介します。

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引用:Amazonプライムビデオ

次にAmazonプライムビデオですね。

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オリジナル作品も多く、歴史以外にも楽しめるサービスです。

有馬新七のまとめ

如何でしたでしょうか?

以上、「有馬新七」についてご紹介してきました。

今回は、「有馬新七とは何者だったのか?寺田屋事件での壮絶な最後と有馬新七が登場するおすすめドラマ」と題してご紹介致しました。

ぜひチェックしてみて下さい。

それでは、今回はこの辺で。

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